十日戎でえびす宮総本社にお詣りし、ついでに「相模国六社によって、全国にある○之宮という地名の意味にやっと気付いた」ってなネタ



 本日は西宮のとある労組の旗開きに参列、その前に、本日は十日戎ってことで、西宮神社に参拝。
西宮神社は日本に約3500社あるえびす神社の総本社(えびす宮総本社)で、表大門から本殿まで走る「福男選び」であったり(うちの運行管理者の息子さんが福男になった時は当社はお祭り騒ぎになったことあったな~)とか「招福大まぐろ奉納」などで有名やし、たまに近くまで行って外からここが「西宮のえべっさんか~」ってことはあったけど、実は、境内に入るのも、お詣りするのいも今日が初めて。
商売繁盛のえべっさん、自分は、私鉄総連加盟組合の、春闘勝利を祈願!(←安心してください、走ってませんから!)
んで、旗開き後、自分の出身労組の書記長と二人でミュンヘン北大使館にてなおらい。
久し振りのミュンヘンの生ビール・唐揚げ・焼きそば~などなど、美味しいな~、やっぱ~(*^O^*)

 で、神社つながりのネタ、クリスマスの日に、御朱印もらいに大磯方面に行ったときに、「相模国六社」ってなことで、御朱印もらうようになって、なんとなく意味がわからなかったことが、すっきりと理解ってなことがあった。

 この相模国六社で最初に御朱印をもらったのは「一国一社 平塚八幡宮」、このときにはなんとも思ってなかった、でも、ここも相模国六社のうちの一つだったようだ。
次に御朱印をいただいたのは、「四之宮 前鳥神社」、四之宮だ、住所も平塚市四之宮4-14-26、この時に、なんで「四」なのか、「三」とか「五」とあるのかな、と思った。
次が、「一之宮 寒川神社」、御朱印も一之宮って書いてある、この時点でまだ「一」の意味に気付いていない。
その次が、「三之宮 比々多神社」、住所は伊勢原市三ノ宮1472、ここでは三之宮ってとこに妙に引っかかって、「二」や「四」はどこだって頭をひねってみたが、まだまだ気が付かない、あほや。
んで、「総社 六所神社」、ここにあったパンフレットでようやく理解する…。

 律令制度の確立とともに、地方の国々には国司(こくし=国の長官、今の知事に相当)がおかれました。国司はその国の大社を参拝する制度がありましたが、巡拝には多くの人手や費用、日数がかかることなどから、やがて国府近くの神社に各社の御分霊(ごぶんれい)をおまつりするようになりました(総社のおこり)。例年5月5日、各社の神さまは、お神輿で大磯の斎場に集まり、御分霊である「守公神」(しゅこうしん)が総社に納められます。また、国司による奉(ほうべい=神さまにお供えものをたてまつる)が行われ、国家安泰、五穀豊穣が祈念されます。

 で、最後に「二之宮 川勾神社」、住所は中郡二宮町山西212、東海道線の「二宮駅」や町名は、二之宮から来ている。
これで、相模国六社、コンプリート、ってか、一から六まで、こだわって順番に御朱印を授かったらよかったと、ここに来て後悔(結果、自分は5→4→1→3→6→2の順にお詣りした)。
確かに、寒川・伊勢原・平塚・大磯・二宮、かなりの距離があって、そら、「8世紀初頭の大宝元年(701年)に制定された大宝律令で、日本国内は国・郡・里の三段階の行政組織である国郡里制に編成され、中央集権的な律令制が布かれることとなった」というその時代に、その国に赴任させられた「国司」は「その国の大社を参拝する」という制度は、やはりたいへんな苦労だったのだろうと、太古の日本に思いを馳せてみる。
全国にある○之宮という地名の意味にやっと気付いた。


 ちなみに、畿内の一之宮。
山城国は賀茂別雷神社・賀茂御祖神社(二宮以下は不詳)、大和国は大神神社(二宮以下はなし)、河内国は枚岡神社(二宮:恩智神社・三宮以下はなし)、和泉国は大鳥大社(二宮:泉穴師神社・三宮:聖神社・四宮:積川神社・五宮:日根神社)、摂津国は住吉大社(二宮以下はなし)だそうだ。
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