杉原千畝 スギハラチウネ 葛藤や背景を克明に描いてほしかったのに…


【64 うち試写会14】大阪帰ってきたら、東京より寒いやんけ~!
自分は今週からようやく冬のスーツに衣替えしたとこやのに、いっきにコート&手袋必要かもやんっ(ーー;)

 1935年、満洲国外交部勤務の杉原千畝(唐沢寿明)は高い語学力と情報網を武器に、ソ連との北満鉄道譲渡交渉を成立させた。ところがその後彼を警戒するソ連から入国を拒否され、念願の在モスクワ日本大使館への赴任を断念することになった杉原は、リトアニア・カウナスの日本領事館への勤務を命じられる。同地で情報を収集し激動のヨーロッパ情勢を日本に発信し続けていた中、第2次世界大戦が勃発し……。

 第2次世界大戦中、リトアニア領事代理として日本政府に背く形で多くのユダヤ難民にビザを発給し彼らの命を救った杉原千畝の波乱に満ちた半生を映画化。
杉原千畝SUGIHARA "Sempo" Chiune
1900年(明治33)1月1日-1986年(昭和61)7月31日 外交官。
第二次世界大戦中、日本領事館領事代理として赴任していたリトアニアのカウナスで、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人たちにビザを発給し、約6,000人のユダヤ人難民を救ったといわれる。杉原の発給したビザは「命のビザ」とよばれ、このビザで救われた人たちはその子孫も合わせて、現在数十万人以上にも及び、世界各国で活躍している。
海外では、センポ・スギハラ、「東洋のシンドラー」とも呼ばれる。「センポ」と音読みで呼ばれた理由は主に「ちうね」という発音が難しく、千畝自身がユダヤ人に「センポ」と呼ばせたとされている。


 試写会にて鑑賞、戦後70年の節目の年、「ヒトラー暗殺、13分の誤算」・「ミケランジェロ・プロジェクト」に続いての、アドルフ・ヒトラーおよびナチス・ドイツにまつわるエピソードを描いた作品鑑賞3作目。
題材が題材なだけにけっして悪い映画ではないのだけど、なんだか、どうしてもしっくりこない。
唐沢寿明はいいとして、その他の日本人の配役がどうもピーキーすぎるからか…。
Hello,My Name Is Ken Oka. Hello,My Name Is Bill Brown. This Is A Church. Is This a School? Yes,it is…って中学一年生のニュープリンスの英語の教科書みたいな、外国語のセリフのせいなのか?


 こういう題材だからこそ、史実と真実に迫るリアリティこそが重要だと思うのだが、「ミケランジェロ・プロジェクト」同様にエンターテイメント的な作りをしてしまってたことが、自分としての評価が悪い理由なのだろうか。
杉原千畝氏の心情を、監督なりの解釈でもいいから、掘り下げてほしかったし、また「命のビザ」発給に至るまでの葛藤や背景を克明に描いてほしかった。
そこが観たかったというか、知ることができるかも知れないと、この映画に期待してしまっていたから…。
悪い映画ではなかったけどね。
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