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ルース・エドガー Black Lives Matter運動が拡大している今この映画を観られてよかった…


【🎦13 うち試写会1】6月12日に久しぶりに映画館にてこの映画を観た。
2020/03/22に広瀬すずの「一度死んでみた」以来の、映画館での映画鑑賞だ、感無量😂
シネプレックス平塚では、チケットは見るだけでもぎりは無し、座席も一席飛ばしで密を避けるようにし、飲食時以外はマスクの着用が呼びかけられており、またレイトショーは無しとなっていた。

 文武両道に長けた17歳の黒人少年ルース(ケルヴィン・ハリソン・Jr)は、戦争中の母国から裕福な白人の養父母ピーター(ティム・ロス)とエイミー(ナオミ・ワッツ)に引き取られ、バージニア州アーリントンの高校に通っている。ある日、ルースは課題のことでアフリカ系の女性教師ウィルソン(オクタヴィア・スペンサー)と対立する。ウィルソンは、ルースが過激な思想を持っているのではないかと考えていた。

 ジュリアス・オナーが監督を務め、J・C・リーの戯曲「Luce」を映画化した人間ドラマ、優等生の黒人高校生の正体をめぐり、周囲の人々の思惑が交錯するという映画。
英題は「LUCE」イタリア語で「光」、このタイトルについて書くとネタバレしてしまうのでここでは割愛。
裕福な白人夫婦と養子の黒人少年ルース、彼らを取り巻く人々の深層心理がある出来事をきっかけに暴き出され、人間の多面性を感じさせるという内容だが、きわめてセンシティブなテーマながら、淡々と物語は進む。


 ルースと言うキャラクターは、ウィル・スミスとバラク・オバマを基に創出されたそうで、複雑さとシンプルさが同居した存在であり、現在のアメリカのある部分体現しているかのようだ。
有色人種で女性というハンデを持つウィルソン先生は、差別からの自己防衛策として、マイノリティが社会で生きていくためにはマジョリティよりも模範的な市民であるべきと考えているが、そこから生じる黒人の立ち位置や心構えから生まれるねじれ。
それに対しての白人の特権意識と、もう一方のポリティカル・コレクトネスが絡んでしまうと、事態が複雑化していく。


 ジョージ・フロイドさんの死亡事件で、今もなお根強く残る黒人や人種差別、警官による度重なる理不尽な暴力や権力の悪用など、アメリカが抱える社会問題が改めて浮き彫りになっている今、たまたまながら極めてタイムリーな映画だ。
新型コロナウィルス感染拡大が止まらないアメリカでは、特に黒人の罹患率と死亡率が高いという。(ウィスコンシン州では、人口全体の6パーセントにすぎない黒人住民が死者の半分を占める。シカゴでは人口の30パーセントが黒人だが、死者に占める割合は70パーセントに達している。)
アフリカ系(とその他の人種・民族的マイノリティー)は一般的に、人口密度が高く大気汚染などもひどい地域に住み、世帯の構成人数も多い。
人との接触が欠かせない接客業に就いている人が多く、収入も低いことから無保険であったり病気になっても医者に行けない人も多く、所得格差は健康格差に直結している。

 一方、去年までの5年間で警察官に射殺された黒人は1900人以上だという。
クリントイーストウッドの「運び屋」という映画でも、ハイウェイで警察官に制止され尋問されているヒスパニック、彼は「路上でパトカーに止められて白人警官から尋問されるっていうのは人生で最も危険な5分間だ!」と恐れおののく場面があったが、この数字にその5分間が表されている。
コロナによって、ブラック・ライヴズ・マター運動(Black Lives Matter、通称「BLM」)が拡大している。

 白人の特権に気付かないようにして生きている白人と、その白人の特権のところまでたどり着いたそこがようやくのスタートラインである黒人を描いていたのだろうか、この映画は、ということを自分は受け止めたが、けっしてそれだけではないだろうが。

 「アメリカは変わらなければならない。人種差別はもうたくさんだ」、人種、宗教、性別、門地又は身分、差別はアメリカだけの問題ではないが…。
今、この映画を観ることが出来てほんとうにほんとうによかった。


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